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10/7発売『総務部DX課 岬ましろ』Chapter0 無料公開

『総務部DX課 岬ましろ』とは

業種は違えど、DXの担当者が頭を悩ますポイントは一緒。
SaaS導入、アプリ開発、ビジネスモデル変革……。
コロナ禍という大きな環境変化を受け、加速したDXの動き。

数々のDXの事例に向き合ってきた著者・須藤 憲司が、実際の現場で直面した課題や悩みをビジネス小説に仕立てて紹介します。業種を問わず、実践的な解決プロセスをしっかり学ぶことができる一冊です。

本記事では、2021年10月7日の発売に先駆けてChapter0を無料公開します!

登場人物紹介

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失った「逃げ」のタイミング

「今日からDX担当として頼むよ、岬さん」

何を言っているんだろう。思わず振り向いてみたが、フロアには私しかいないし、〝岬さん〟はこの会社で私、〝岬ましろ〟しか該当しない。ということは、だ。

「え……? 私ですか?」

部長はニコニコしながら頷く。

いきなりどういうことですか? 総務部の私がDXってどうしてですか? そもそもDXって何なんですか?

聞きたいことは山ほどあったけれど、頭の中で疑問がぐるぐるしているうちに部長は

「とりあえず明日10時に第一会議室で打ち合わせがあるから、よろしくね」と言って去っていってしまった。

よくわからないけれど、また一つ担当業務が増えてしまった。同時に、退職するタイミングも逃してしまったような気がして、思わず深いため息をついてしまう。食べかけのお弁当を眺めながら、部長が私にお願いしたのは、今日たまたま私が電話当番で昼休みに一人残っていただけだからでは……と思ってしまう。

こんなことになるなら、早く転職すればよかった。DX担当に任命される前に。本社に異動になる前に。

        ***

2016年、4月。関東圏に30店舗展開する洋菓子店チェーン「潮製菓」に入社した私は、地元の「パティスリーUSHIO練馬店」配属となり、接客に明け暮れる日々を送っていた。入社当時は一日中立ちっぱなしでいることがつらくてたまらなかったけれど、3年目ともなると疲れにくい立ち方をマスターしているし、むくみケアもお手のものだ。

そして4年目の春を迎えようとしていたとある休日、大学の友達4人で集まる機会があった。ユカ、アーちゃん、ノッチ、そして私はダンスサークルの同期だ。大学は池袋にあったので私は実家から通っていたけれど、3人は地方出身だったので全員池袋周辺で一人暮らしをしていた。サークルの練習後、みんなでファミレスに寄ってご飯を食べることが定番だったのだが、母親が「みんな家が近いんだったら、うちに食べにおいで。一人暮らしだと栄養のある食事をつくるのも大変でしょ」と言ったのをきっかけに、毎週うちに来てわいわい食事をとるのが恒例行事になった。卒業後はそういったことはめっきりなくなってしまったけど、月に1回は近況報告がてら集まっている。

今回はユカの転職が決まったので、そのお祝いパーティーという名目の飲み会で集合した。

「転職活動、本当にお疲れさま! 私はもう二度と就活したくないから、ユカはすごい」

「確かにアーちゃん、大学時代からずっと言ってたよね。でも第一志望のメーカーに入れたんだから、転職は考えてないでしょ?」

「うーん、今のところはね。でも同期がちらほら転職し始めてて、このままでいいのかな?とは思って、転職サイトに登録だけはしてる」

「うちの会社の同期も転職する人出てきたよ。私も今すぐってわけじゃないけど、キャリアの棚卸しも兼ねてエージェントと面談したよ」

「ノッチは昔から行動早いよね。さすが!」

そんな三人のやりとりを聞きながら、私は驚きを隠せなかった。

「ちょっと待って。みんなもう転職とかこれからのキャリアとか考えてるの?」

「もうそろそろ働いて丸3年だし、考える時期じゃない? 業務は一通り覚えて、ちょっとずつ責任のあるポジションを任されて。でもこれって本当に自分がやりたいことだっけ? 私はこの先どんなキャリアを歩んでいきたいんだろう……って、ふと思っちゃって。私は保険会社で法人営業をずっとやってたけど、もっと1人のお客さまとじっくり向き合いたいって思って、学生のキャリア支援の会社への転職を決めたんだよね」

転職が決まったばかりのユカの言葉は説得力があった。

「ましろは今の仕事、どうなの? 楽しくやってる?」

「もともと小さい頃から好きなお店だったから、つまらなくはないかな……」

「じゃあ、このままずっと続けたいって思ってる?」

「うーん……」

私の主な仕事は2つ。在庫管理と、通常の接客。朝、出社してすぐ工場から納品された商品をショーケースに並べる。今日予約受け取りのお客さまリストを確認し、準備する。開店後は来店されたお客さまの対応を中心に、空き時間に店舗企画を考える。夕方頃、売れ行きを見て発注をかける。

20時に閉店した後、管理台帳の記入をして1日の業務が終了。

その繰り返しの中で、確かにお客さまに感謝された日は嬉しいし、いい企画が思い浮かんだりロスが少なかったりした日は達成感を感じる。けれど、楽しいかと聞かれると、自信がない。これからもずっと続けたいかと聞かれたら、もっと自信がない。

もしかしたら、私も転職を考えた方がいいのかも。

本当に今の仕事はやりたかったことなのか? これからも続けていきたいのか? 今後、私はどうしたいのか、ちゃんと考えなきゃいけないタイミングが来たんだな。自分のキャリアについて真剣に考えているみんなの姿を見て、そんなことをしみじみと感じた。

しかし、だ。気づくと本社への異動が決まっていた。

うちの会社は毎年5人程度新卒採用をしていて、3年間店舗勤務をしたのち、4年目の春に本社の部署に配属される……というのが既定路線だ。転職するなら異動前、と考えていたのに、ちょうど総務部の社員が1人辞めたので配属が4カ月ほど早まってしまったのだ。

慌ただしく引き継ぎ業務をし、ちょっとした送別会を開いてもらって、その翌日には所沢にある本社へと出勤した。

総務部の仕事を一言で表すと、「何でも屋」だ。受発注管理から座席やロッカーの管理、代表電話対応、社員の入退社管理、避難訓練準備、備品管理、人事部や法務部など他部署のサポートまで、本当になんでもやる。

異動後半年経ってようやく実務に慣れてきたところに、「今日からDX担当として頼むよ、岬さん」と声をかけられてしまったのだ。

外にお昼を食べに行っていた同僚たちが戻ってきて、ハッと我に返る。昼休憩もそろそろ終わり。まずは今日中に終わらせるべき業務に集中しようと、慌ててお弁当箱を片付けた。

「圧倒的に優れた顧客体験」とは?

所沢から自宅のある練馬までは、西武池袋線で一本。平日は家と会社の往復で、ほぼ会社帰りにどこかに立ち寄ることはない。しかし、今日は書店でDXについての本を買うために池袋まで足を延ばした。家の近くにも書店はあるけれど、知らない分野について調べるなら品揃えの充実した大型書店の方がよいだろう、という判断だ。

移動中、スマホでDXについて検索してみたものの、体系的にまとまっているものがなかったり、説明が難しすぎたりして、結局よくわからずじまいだった。初心者向けの教本みたいな本がありますように、と願いながらビジネス書コーナーに行くと、表紙に「DX」と書かれた本が何種類も平積みされていた。

私が知らなかっただけで、DXというのは結構メジャーらしい。数冊手にとってパラパラめくってみた結果、内容が読みやすそうで、タイトルに「入門」と入っているものが一番初心者向けな気がしたので、『DX入門』という本を買うことにした。

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