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【2021年アメリカの流通・小売の最新DXトレンド】BOPISの急拡大とD2Cマーケティングの進化(射場瞬・須藤憲司)


ここ3年で業界全体が急激な変化を遂げ、小売業のDXが日本より数歩進んでいるアメリカ。このトレンドを理解することは、日本にこれから押し寄せる大きな波を理解するうえで、非常に重要です。

小売業に関する情報に特化した、1年に1度の大型イベント「NRF Retail’s Big Show」。毎年現地NYで参加している、IBAカンパニー射場瞬氏を講師にお迎えしたセミナーがオンラインで行われました。

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IBAカンパニーは、米国での最先端の知見とネットワークで、デジタルトランスフォーメーションをサポートしている会社です。データ(分析と活用)、“売る”(D2C/流通/Retail Tech)、金融(仕組み、決済, Fintech)の3領域に注目し、クライアントの今必要な情報をアドバイザリーやセッション、レポートなど、米国企業も加わり最新の情報で提供しています。

「NRF Retail’s Big Show」はNRFが主催する展示会で、2020年1月は参加人数40,000人・参加企業18,000社、参加国数99ヶ国の規模でNYで開催されました。アメリカの最新技術が展示、レクチャーされる貴重なイベントです。
 
アメリカの小売業界各社はどのような戦略で勝ち残ろうとしているのか。導入が進む最新技術とはなにか。

弊社代表 須藤と射場氏で、アメリカの流通・小売業界の最新DXトレンドを徹底解説します。

※本記事は、2020年12月16日に開催されたウェビナー内容を元に、KaizenPlatform公式noteが編集を加えたものです。

須藤  Kaizen Platformの須藤憲司です。デジタルの普及によって、消費者の購買行動はずいぶん変わってきました。その変化をデータで読み解き、マーケティングに活用しようというのが今日のテーマです。

講師にIBAカンパニーの射場瞬さんをお招きしています。IBAカンパニーは、主にアメリカのDX改善事例を深くリサーチしている会社です。「データ活用」「決済・フィンテック」「リテール(小売)」という3つの集中領域を持っていらっしゃいます。

射場 IBAでは、アメリカですでに起こった事例を用いて、日本企業のDXをサポートするような仕事を行っています。

このセッションのテーマのひとつは「NRF Retail’s Big Show」です。アメリカ最大の流通業界団体が毎年開催している大型のコンベンションで、世界各国から流通関連企業が集まります。

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射場 このアメリカのキーコンベンションに多くの企業が参加する理由は、最新動向がわかることや、メディアが集結するため各社が新しい発表を行うこと、重役を含めた業界関係者が集まるので人脈作りに最適なことなどがあります。以前はお祭り的なイベントでしたが、3年ほど前から、コンベンション全体で「“売る”テクノロジー」にフォーカスするようになり、より人気が高まりました。

今日は、2020年の「NRF Retail’s Big Show」への参加、専門家へのインタビュー、実店舗の視察などを通して得た情報をお話しします。

2020年米国流通のポイントは「BOPISの急拡大」

射場 アメリカでは、「BOPIS(Buy Online Pickup In Store)」が急速に普及しました。BOPISとは、事前にオンラインで注文した商品が店舗で受け取れるシステムです。アメリカの流通業界ではBOPISの導入によって多量のデータが得られるようになり、そのデータを利用したマネタイズまで追求した変革が起きています。

BOPISが多くの企業で導入された理由のひとつに、非常に便利で、安心できるサービスだと消費者に好まれたことがあります。また、配達のキャパシティ不足が緩和できることや、配達コストが削減できることも、店舗が積極的に導入を推進する理由となりました。

それ以上に大きなメリットは、マーケティングや広告の面にあります。顧客がデジタルを使用することになるので、顧客とのタッチポイントが格段に増加し、多くのデータが獲得できます。

須藤 決済まではECで完結できて、店舗には商品を取りに行くだけってことですよね。

射場 そうです。消費者からすると、送料がかからないのも嬉しいですよね。コロナ禍では、配達の遅れや、配達を受けてもらえないことなどもありました。ウイルスの流行がBOPISの定着をさらに後押ししたのではないかと思います。

BOPISの普及をリードしたのは世界最大のスーパーマーケットチェーン、Walmart。2016年頃から店舗にBOPISを導入していました。

BOPISの主な受け取り方法は3種類です。2020年に特に拡大したのは、車に乗ったまま受け取れる方法。ほとんどお客さんが待つことはありませんし、大量の注文を処理することができて、一気にBOPISオペレーションの主流となりました。

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須藤 日本でも主に車で移動するような地方なら有効な方法ですね。

射場 Walmartでは、2019年に巨額の投資を行い、2020年1月末までに3100店舗一斉にBOPISを導入しています。

ここでポイントとなるのは、テスト方法です。1店舗単位でテスト導入をしていたら、システムの改善や多店舗展開までに途方もない時間がかかってしまいます。3000店舗に導入するためにはどのようなテストをしていくべきか、どんなテストを実施すれば改善点を網羅し、ハイスピードでスケールできるか、といった総合的なビジネス設計が重要です。

WalmartのBOPIS導入には、米国で今非常に勢いのあるビジネス設計企業が携わっています。その企業はもともとは流通を中心にビジネス設計を行っていましたが、その後金融やディーラー、メーカーなどD2C業界企業へも参画しているそうです。小売・流通業界だけでなく、飲食店や百貨店でもBOPISはメジャーになっています。特長的なのは、スターバックスコーヒーのピックアップ専門の店舗ですね。

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須藤 受講者の方から質問がきています。同じビジネスデザインが入っているとなると、BOPISシステム自体もまったく同じになるのですか? 

射場 各企業に合わせて、BOPISのデータベースとの接続や、店舗のスタッフがどう動くかというオペレーションが違います。ですが、考え方や実現の仕方、フレームワーク、テストすべき項目などは、同一だったのだと思います。

こうしたDXにおいて、単純にSaaSを導入するだけでは解決しないことのほうが多いので、ビジネスをデザインする会社が参画することはとても重要だと思います。

須藤 DXを実現するためにパッケージソフトを入れる、などの手法をとりがちですが、それでは消費者体験は作れないですもんね。

射場 おっしゃる通りです。

他に2020年の「NRF Retail’s Big Show」のポイントといえば、画像認識とAIを組み合わせる技術が当たり前になっていたことですね。顔認証による万引き防止や本人確認、生態認識による店内導線作り、商品認識による在庫管理……。そういった技術をどう業界に特化させるか、応用させるか、などに着目した企業が注目を浴びていました。

2020年、D2Cマーケティングの進化

射場 続いて、D2Cの進化についてお話しします。

オンラインマーケティングでは、オンライン広告費の高騰、インフルエンサー効果の減少、消費者データ活用の制限という3つの課題が浮かび上がってきています。

それらを解決するために、様々な変化が生まれています。

ひとつが実店舗のオウンドメディア化です。Glossierという若い子に圧倒的な人気を誇る化粧品ブランドは、もともとオンラインのみの販売でしたが、後にNYとLAにコンセプトストアを出店しました(コロナ禍に閉店)。これがまさに店舗型オウンドメディア。店内の様子を、みんながインスタグラムに投稿していて、聖地のようになっていました。

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もうひとつが「Showrooming(ショールーミング)」。ブランドのなかで代表的なキュレーションされた商品をリアルで展示する手法です。日本でいうポップアップストアのような形ですね。

須藤 いわゆる「場貸し」ですよね。

射場 そうです。いまアメリカで一番注目されているのが「Showfields(ショーフィールド)」です。4階建てのビルに50のブランドが出店しています。部屋をひとつ借りるのもいいし、机をひとつだけ借りるのもいいんです。2ヶ月ほどの短期間で借りるブランドが多いようですが、すべての手続きがパッケージされていて簡単なのだそう。集客する必要もありませんし、自社スタッフもいりません。オンライン広告よりも安く、効果的なPR手法だと思います。

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射場 それから、コミュニティの重要性が増していることも大きな変化でしょう。ブランドへの愛情を持ってもらうためのプログラムが増えてきているんです。

例えばNIKEは、2019年に地元のNIKEプラスメンバー(無料で登録できて、様々な特典が受けられるNIKEのメンバーシップ制度)が集まれる「ハブ」としての実店舗をオープンしています。

各地域のメンバーが集まれるリアルな場所を作ることで、消費者の愛着を育めるだけでなく、消費者からの情報を入手し、店舗に反映していく……といった好循環が生まれているそうです。

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射場 既存メーカーでもD2C参入・拡大戦略がとられています。D2C企業を買収する事例も増加していますよね。

そんななか、業界で注目されている手法が「Clienteling(クライアンテリング)」です。スタッフに入店した顧客の情報を提供して、個人にカスタマイズされた接客を提供することを指します。

オンラインではレコメンドエンジンが利用できますが、リアルの店舗ではスタッフが接客するしかありません。顧客にとって一番いいサービスを提供できるように、スタッフをサポートするというのがクライアンテリングの考え方です。

須藤 顔を覚えていなくても常連客のように接客できたり、ポイントカードを出さなくてもポイントを管理できたり……。マーケティングオートメーションと、現実の顧客を接続することができるということですね。

射場 はい。すべて顧客の情報をわかったうえで、接客できるようになります。

須藤 個人情報保護についてはどんな注意がなされているんですか?

射場 申込時には、必ず対面で説明を聞いてもらい、個人情報の取り扱いに同意するサインを書いてもらうそうです。アプリ上では申し込みができない。

同意してもらえたら、入店時に得た顔のデータと結びつけるのですが、顔データとの接続を拒否した顧客のデータはその場で削除しているとのこと。データ管理は非常にセンシティブな問題ですから、十分に注意を払っていると聞きました。

2020年2月から現在、アメリカ小売流通業界で起こったこと

射場 最後に、2020年1月の「NRF」以降にどのようなことが起こったかをお話しします。

まず、BOPISやDark store(ダークストア)が成功し、拡大したことが大きな出来事です。2020年1月末にBOPISの導入を拡大したWalmartは、その取り組みが功を奏し、オンラインでの売り上げが非常に増加しました。

ダークストアとは、一般向けの店舗機能を閉鎖し、パッキングと受け取りだけに特化した店舗のことです。BOPISの普及やコロナ禍による配送需要の高まりを受けて、多くの店舗でダークストアへの転換が実施されました。

Walmartでは、他にも2020年に様々な変革が実施されました。ひとつはEC機能の変更。2020年3月から、モバイルアプリ、ECサイトともに、生鮮食料品を含むすべての商品がひとつのプラットホームで購入できるようになりました。また、ホリデー商戦前にはアプリのUIが一新され、新たなサービスも盛り込まれました。

ふたつ目は、リアル店舗のデザインリニューアル。自分で商品のバーコードをスキャンして、スマホで決済、そのまま退店することができる「Scan&Go」の技術などに合わせたレイアウトに変更されました。

須藤 リアルの店内レイアウトまでも、DX主体に変更したんですね。

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射場 Tastemadeと提携したライブコマース配信も始まりました。レシピ動画を観て、その動画特有のコードをバーチャルカートに入力すると、その材料がすべて自動的に購入できるサービスです。

須藤 ライブコマースは日本でも流行ってきていますよね。便利なサービスだと思います。

射場 小売業界全体としては、ホリデー商戦が前倒しになったことも大きな出来事でした。

アメリカでは通年11月末からがホリデーシーズンですが、今年はアマゾンが10月12日・13日にプライムデーを設定し、それに合わせるようにしてセール商戦が始まりました。

ホリデーが前倒しになりセール期間が間延びしたうえ、コロナウイルスの影響で実店舗での営業が制限されたにもかかわらず、小売業界全体の売り上げは悪くありませんでした。一方、オンラインの売り上げが昨年比+15%にとどまったことは少し意外でしたね。

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須藤 最後に、受講者の方から質問がきています。日本でBOPIS導入を成功させる鍵はなんでしょうか?

射場 なぜBOPISを導入するのか、得た情報をどう活かすのかを考えることですね。BOPISだけにとらわれる必要はないと思います。

大手企業でDXが成功しているので、2021年には中小企業でも真似できるような、各業界に特化したSaaSが出揃うのではないかと思っています。

須藤 もうすぐ誰でも簡単に利用できる仕組みが生まれるかもしれない、と。

射場 はい。もし日本企業でBOPISを実現させたいなら、その仕組みを見たうえで検討するのがいいのではないでしょうか。

須藤 本日はありがとうございました!

<文:水沢環、編集:KaizenPlatform公式note>

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